| 結婚恋愛「マイとボク」 ・・・新年会-38- |
By 千里一歩さん
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新年会の記念写真より。 |
ボクは地域情報誌を発行した。もし、これから地域情報誌を発行したいと思う方がいれば、成功するノウハウをお教えできるほど貴重な体験をしている。
ボクの会社は平成元年から毎年、新年会を開いた。この新年会は自社だけでなく地域の名士をすべて招いて行なう異色のイベントになった。手間がかかり費用も赤字を出す始末なので「もう、こりごりだ。来年はやめよう」と思ったが、とうとう最後まで続けることになった。出席者の半分が毎年楽しみにするのだ。
出席者は地元出身の衆議院議員、都議会議員、区議会議長、各党幹事長、区長、助役、警察署長、消防署長、各団体会長、地元の代表的な企業社長、東京電力支社長、東京ガス支社長、広告主である。これらはボクが日常的に取材したり他の会合で顔を会わせる人々だ。しかし地域でも縦割り社会。このような横断的なボスの集まりはめずらしい光景であった。それぞれ自分の後援団体や関連団体の新年会がある。半分は自分の会の新年会に来賓として来る顔だが、半分は名前や噂だけで話したことはない。お互いによい機会と喜ばれたものである。
この新年会の特色は、出席者全員に1〜3分内で抱負を披露してもらうことだ。
最初にボクが挨拶、会社に最も協力的な人に乾杯の音頭をとってもらい食事がはじまる。
ボクの司会で一人一人がマイクを持つ。3分過ぎると「時間です。では次の方どうぞ」と話を切り全員に機会を与えた。お歴々の集まる場でマイクを持たせると20分、30分平気でしゃべる人が多い。政治家は自分の番が済むと、さっさと帰ってしまう。こうして全員の挨拶が終わると落語や演歌などのアトラクション。女優を呼ぶこともあった。
この新年会は多様な功罪を生んだ。地域で一番の格式ある新年会といわれた。出席者全員に発言の機会が与えられた。ふだん会えない人と会える。この会のおかげで挨拶時間を短くいえるようになった人もいる。だが罪はこうだ。出席しなければ何を書かれるかわからないから仕方なく出席する。嫌いな出席者がいる。などと陰口をいう者がではじめた。とくに新任の警察署長は次第に消極的になった。副署長を代理でよこすようになった。自らの新年会(武道始め)では町の有力者を集め、防犯や交通キャンペーンでは「地域住民の協力があってこそ成果があがる」と丁重にカネと理解を求めるのに、である。ボクにも無料のキャンペーン協力を求めたことがあるのに、である。
それでもよかった。とくに警察からは会費を取ることをしなかった。ボクは父親がボケ徘徊で警察のお世話になったことを心から感謝していた。だから寄付もした。警察署長から感謝状も、もらった。一人2万円の会費など不要だった。しかし毎年のように署長が代わると次第にお互いが理解できなくなっていた。ボクは警察の恥部を知りすぎていた。
この新年会では、いろいろな思い出がある。
いま最も印象に残っているのは、マイが感謝の言葉を述べた時のセリフである。「主人は来年のことを考えておりますが、私は明日の心配をしております。どうか、よろしくお願い申し上げます」(会場大爆笑)
(つづく)
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