| 結婚恋愛「マイとボク」 ・・・夜の生活-37- |
By 千里一歩さん
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街のスナックで、もうこの店はない。 |
平成の時代に入ってバブル経済がはじけていた。だが庶民のボク達には、まだ実感がなく携帯電話もなかった。ボク達は新しい出版事業に精を出していた。従業員も3人、4人と増えた。株主からも積極的な拡大策を求められた。マイは経理担当取締役。
多忙な生活がはじまっていた。ボクは夜遅くまで取材やおつきあいが多くなり、夫婦で一緒に食事するのは朝だけ。ボクが夜帰るのは12時をすぎるようになっていた。だから自宅で対人関係や裏表をマイに報告した。しかしマイは「うるさい。ボクがいいと思うことをやればいい」という。幸いこの数年間の資金繰りは支えてくれる株主がいてラクにはなった。だからといって余分に儲けるということはなかった。売り上げのための社交費も多くなった。
ボクは客に連れて行ってもらったところは、料亭をのぞき、すべてマイを連れて行った。マイは居酒屋を好む。だが別の理由もある。ひんぱんにパブ通いすると、ボクがどんな店で、どんな顔をして遊んでいるのか。マイも想像する時があるに違いない。誰かが面白半分に「社長はモテルわよ」などといえば疑うことになりかねない。店やママ、女の子の様子を知っておけば誰に何といわれようと疑われることはない。金をいくら持っているか、マイのほうが知っていたからだ。カネがなければ誰も相手をしてくれない。さらに「何があるかわからない。どこにいるか教えておいてね」とマイにはっきり宣言されている。ボクは忠実に現在位置と客の名を告げておいた。
この判断は正しかった。ボクはパブのママやホステス達を決して軽蔑しない。中国人や韓国人、フイリッピン人にも紳士的にふるまった。「社長は真面目だよね」といわれた。お陰で彼女達の私生活をすっかり教えてもらった。ほとんど子持ちである。彼女達の生活は切実だ。
ところがボクの周辺は女狩りする男が多かった。みんな中流のお金持ちなのである。ボクだけが下流の社長であった。パブでは誰でも「社長」と呼ぶが、それでも何となく気持ちが悪いので、店のママやホステスにこう頼んだ。
「編集長と呼んでもらえると、うれしい。頭がよさそうに見える」これはよい結果を生んだ。編集長だとお金持ちとは一線を引くことができた。大人しくウーロン茶だけ飲んでいても馬鹿にされない。またママやホステス達もマイと昼間道で会ってお互いに挨拶するようになった。そんな時必ずマイはボクに報告した。ホステスのほうも同じであった。
しかし何かが変わってきた。おつきあいや仕事がなくても、まっすぐ自宅へ帰ることができない。夕食は外食が当たり前になり、マイは会社のすぐ近くにある居酒屋で食事をとり、いっぱい飲んで帰るようになる。そこではすぐ男女の飲み友達ができる。ボクは午後7時まで会社にいて広告主のパブへ通う。ところが、これがとんだ評判になる。「千里は大酒飲みで女好き」との風説が立ったのだ。それを「あはは」と、はねつけたのは他ならぬマイであった。
(つづく)
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