| 結婚恋愛「マイとボク」 -31- |
By 千里一歩さん
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タイプレス
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神田事務所は移転した。場所もよく家賃も安く思い出も多い事務所だったが木造3階建て。いつ火事になるかわからないという不安があった。誰が来てもあわてなくてよい体裁も必要になった。同じ神田の和光ビルである。今度は鉄筋ビル5階建ての3階。エレベータ付で、16坪の部屋は天井が高く外の見える側のガラス窓は大きかった。マイの兄、従兄弟、妹も入れ代わり訪れた。冷暖房、空調も完備している。外見は順調であった。
昭和62年(1987年)マイの仕事は岐路に立っていた。、1日3万円平均売り上げる和文タイプの仕事が、ばったりなくなってきたのだ。神田にはタイプの機材や活字を売る会社が二つもあった。こうした会社は昔から少なく東京一円からタイピスト達が活字を買いに訪れていた。ボクの会社はそこから徒歩2分である。その会社も一つになっていた。
ワープロが出現していた。ただし写植や活版の活字にくらべると文字がおそまつで、カネの取れる商品をつくることはできなかった。「ワープロは玩具」と一笑した。それでも時代の流れもあるからと、マイに「ワープロを覚えないか」と進言した。マイは一蹴した。
「タイプを覚えるために、ずいぶん苦労したんだよ。機器も5台買っている。活字を含めて金額にすると千五百万円になるわ。もう、これから1から覚えるというのは嫌だ。ワープロを覚えるというのであれば、私はタイプもやめる!」とすごい剣幕である。
気持ちは充分理解できた。マイがタイピストに取り組んだのは、この時から約10年前である。まず機械1式を150万円で購入した。もともとマイは活字嫌いである。ボクの原稿も読んだことがない。しかし自分も役立つことをしたいと、ボクが押し付けたタイプを黙々と覚えていった。遠視のマイが必死でマスターしたのだから、その集中力や思い入れは尋常ではない。
活字の種類は6ポ、7ポ、8ポ、9ポ、10ポ、11,5ポ(五号)12ポが各3200文字ある。それぞれ予備活字が数箱ある。それぞれ明朝体、ゴジック体、楷書体と分かれており種類が変わると、そのたびに重い活字盤面を取り替えなければいけない。和文タイプは英文タイプと違って文字数が多いのだ。活字面を動かし円筒状に取り付けた紙へ印字する。活版の活字ひろい、植字(組版)、印刷の三つをこの小さな器械で出来た。活版印刷より安い。印刷屋が断る100枚以下の印刷物をつくる際に便利であった。
戦後、女性の仕事ではスチュワーデスの次に花形職業となったタイピストであった。約10人の主婦へ外注することもあった。1か月で300頁の本をつくることがある。同じ和文タイプでもタイプレスという活字をそろえた。字面がブランケットの丸みに合わせて、わずかな半円型になっている。インクが満面に印字される。活字台も文字を探し易い見出し板になっている。和文タイプ業務用では最高級品である。2台だけ現在もわが家の押入れにある。希望者には譲渡したい。
ともかく、マイはワープロを覚えようとしなかった。パソコンも覚えない。それは誰かが勝手に仕事の仕組みを変えていくことに対する割り切れなさであった。ボクはいう。「パソコンもいつか同じ道をたどるさ」マイはいう。「今度はテレビを買い替えなければ視られなくなるの?」と。
(つづく)
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