| 結婚恋愛「マイとボク」 -30- |
By 千里一歩さん
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タバコ |
マイは新婚直後、喫煙がバレていらい毎日堂々と、どこでも煙草を吸うようになった。中学3年生時代から喫煙のくせはあった。兄や父がおいしそうに吸っているのを見て真似したのがはじまりである。もちろん親から許されていたわけではない。夜、寝静まる前に父親の煙草を1日3本こっそり抜いておき、布団を被って枕もとに皿(灰皿用)を置き、マッチで火をつける。その秘密の行為がドキドキする。
ある日。半分くらい吸った時、急にトイレに行く父親が横を通った。あわてて煙草の火の消し残りを布団の下に隠したが、その不審な様子を見られてしまった。「何してるで」といわれ、その場は何とかごまかしたものの、こうした不良行為をその父親の前で、とうとう認めさせてしまった。
その頃マイの家族は父母、姉1人、妹4人、兄夫婦、その娘2人の大家族。年齢的に父親の手伝いはマイ1人に集中することが多かった。というより最も活発で働き者といわれていたからでもある。「おこずかいくれ」というと「山へ行って薪5束、50円。畑の周りの草刈りをすれば30円」といわれ、ただでもらったことは一度もなかった。だから余計、積極的に手伝いをした。ある昼下がり。山で薪刈りをしたあと父と二人で休憩していた。
その時、父はさもうまそうに煙草を吸った。マイは「おれにも、くれ」という。「えっお前、煙草吸うんけ」といいつつ1本くれた。待っていたとばかりとマイはすばやく受け取る。そして、さもおいしそうに「ふうっ」と吸った。父はその様子を見ながら「最近、煙草の減り方が早いと思っていたずら。おまんかあ。あまり人前では吸わんようにせんと、いかんずら」と笑っていた。ふだん強く厳しい父親だが、この時だけは、やさしい父親の表情を見せてくれた。煙草を吸う時は、よくこの時を思い出すマイだ。
煙草はボクとの生活の一部になっていた。マイの喫煙は1日40本。朝、起きると、まず一服しなければ頭がはっきりしない。次いでコーヒーを飲む。約10分ほどのんびりして朝食の仕度にかかる。それができあがってからボクを起こす。ボクは家庭では何もしない男である。子供のようにマイの命令に従う。だが会社に出るとガラリと一変する。マイは「奥さん」と呼ばれ経理とタイピストを兼任するが女子従業員の一人としてボクの神経質な完璧主義にふりまわされる。いくら愛すべき妻とはいえ仕事には厳しいボクであった。
だが、その煙草もやめる時がきた。平成16年の暮れ。目まいすることが多くなりピタリとやめた。ボクも1日30本吸っていたが平成17年6月9日、ピタリとやめた。煙草については、これまでずいぶん反抗的に喫煙主義を貫いてきたが、喉が痛くなり目まいがひどくなると「まだ死にたくはない」と思うようになったのである。結婚して45年目のことである。
勝手なもので、最近では「煙草が有害なら発売禁止にすべきである。でなければアメリカのように裁判沙汰が起こるだろう。アスベストや有害食品より公的な責任が問われる」と夫婦で話し合うようになった。こういうのバカ夫婦というのだろうか。いまだに煙草は2箱保管しているが、その後1本も吸ってはいない。
(つづく)
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