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振り返れば楽しきかな我が人生 人生イメージ


結婚恋愛「マイとボク」 -28-
By 千里一歩さん

マイが社長
ボクが入院している間はマイが社長。従業員がパチリ。
ボクは、マイに「大学ノートとボールペンを」用意してもらい、入院1日目からの状況を記録することにした。表紙に「闘病記」と書く。これは月刊誌「流動」に「救急医療の実態」を書いた時、医療ミスで死んだ女性の遺族が、きめ細かに記録をつけていたことを教訓にしたものである。見舞い客の名前、何を頂いたかも、きちんとつけておくことにした。この入院でもいくつかの発見がある。思いがけないトクもあった。

ボクは4日間、何も食べず点滴を続けた。点滴は空腹感がなく血液の循環までよくなった。そのおかげで1週間に5キロやせることができた。「確実にやせる方法だ」と確信した。問題は注射を腕に刺す時だ。ボクの静脈血管は脂肪の下にかくれて、針を刺す血管をとらえることがむずかしい。看護婦は何度も「ごめんなさい」といいながら、やり直すが、こちらはたまらない。痛いし失敗した跡は何か所も紫色にはれ上がった。

マイの姪、K子が山梨で看護婦をしている。この状況を説明すると「蒸しタオルであたためからやるといい」と教えてくれた。こちらの看護婦はそのような方法があることも知らない。医師は、なかなか病名を告げてくれない。マイが「家庭医学大百科」で十二指腸潰瘍を調べると、すべての症状がぴったりなのに、である。だが5日目から点滴をやめ、食事が出るようになった。その時、さつま芋と小豆の煮物が出て「えっ。ボクの大好物だよ」と喜んだ。これは病状回復の証しだとうれしかった。

ただ排泄はベッドでするため、その都度、昼過ぎまでマイが大小の便を便器や尿瓶で採ってくれた。午後2時には事務所に出る。2時以降はマイの姉が介護してくれた。ケラケラ笑いながら姉妹でボクの秘所を見ている。「可愛い」といいながら姉のいるところで、息子の頭を指先でつついたりしている。明るいのは歓迎だが、これは恥ずかしいことであった。

入院してから大変だったのは取引先への説明だった。いつも元気なボクのイメージが強いため「えっ冗談でしょ」と笑う人が多かった。マイが真面目な声で「それが、本当なんです」と説明すると「なぜ」「病名は」「症状は」と必ず聞いてくる。「同じことを何人に話したか、わからなくなった」とマイが悲鳴をあげた。他人と話す時のマイは、ボクのことを「主人」という。これだけは「頼む」と懇願してある。
 
さて医師は相変わらず「1か月か2か月入院しないと病名はいえない」という。しかも12月28日から1月5日まで外科医の当番医一人だとわかった。「それなら28日に退院します」と告げた。「せめて1か月入院していないと、どうなるかわかりませんよ」と医師は脅かすけれど「結構です」と答え、ボクは28日にさっさと退院した。その大晦日、そして正月は、いつもの年より小食にした。いらい23年すぎても吐血下血はなく胃腸に異常はない。とにかく生まれて、はじめての入院体験であった。なお後年、同地域の消防署長に「どうして、あんな時にのんびりした質問ができるのでしょう」と質問すると「患者の意識を確認しているのです」と答えた。「ですよね」ボクは少し恥ずかしい笑顔をしていた。

(つづく)


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