| 結婚恋愛「マイとボク」 -27- |
By 千里一歩さん
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「一人でいる時はボクの椅子にすわった」
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救急車が着いたNE総合病院で病院の車椅子に移された。救急隊員は帰った。この総合病院は外来患者がいっぱいで救急患者の私も約5分待たされた。やっと診断してもらうと医師は「入院して検査しないと何ともいえない」という。ベッドは空いているそうだ。しかしボクはそれほどむずかしい病気ではないことがわかる。意識もはっきりしているし、痛みもない。自宅で様子をみるだけでいいのではないか。が、念のため正確な原因を知りたい。ところが入院しないと診断できないという。
「自宅で様子をみます」と答えて薬をもらうことになった。ところが1時間すぎても薬がもらえない。「みろ、こんなに待たせるくらいなら大したことはないということだ」精算が済むと、さっさと歩き表へ出た。それでも、どこか他の病院へ行ってみようと20分ほど歩いた。マイが姉や近所の人からさまざまなアドバイスを受けている。その結果、国道沿いにある元精神病院といわれるMS総合病院へ行くことになった。
「こんなに歩いて大丈夫?」「大丈夫。ほら、もうスタスタ歩きだろう?」そんな会話を交わしてNS病院の入り口に立った。ホッとした瞬間だ。急に下痢を覚えた。歩けば排泄しそうだ。マイが先に駆け込み、病院の中からストレッチャーを押しながら看護婦が二人走ってきた。支えられ静かにストレッチャーの上で横になる。意識ははっきりしている。そのまま救急治療室へ入り治療台に移され、ベテラン看護婦が尻の下に洗面器を入れた。
「はい。出していいですよ」といわれ、はずかしながら腹の下をゆるめ、わずかに力を入れた。するとシャーッという感じで思わぬ量の黒い液体が体中から出ていった。止めなければ、いつまでも出続けるようだった。病院でなければ失神したに違いない。ふと不安がよぎった。戦後貧血する毎に「白血病ではないか」と恐怖したことを思い出したからだ。
その時、ベテラン看護婦があっさりいってのけた。「ああ。これは十二指腸潰瘍だわ」と。この状態を下血という。口から出せば吐血。黒いインクのような排泄物はタール便と呼ばれるものである。黒いのは「血液だから」であった。失神していないからベテラン看護婦と会話を交わして情報を得た。マイも聞いている。病名がわかれば対応策もある。一応安心した。前後の状況からみてガンではない。
ボクは再びストレッチャーに移り治療室を出た。診療室で医師が待っている。胃のレントゲン検査や血液検査を済ませたあと医師が「しばらく入院してみないと何ともいえません」という。何かいおうとしたが今度は考えた。再び吐血下血して倒れたらという不安もある。仕事はまだ多忙だが「入院しようよ。働き続けた疲れもあるのよ」とマイがいう。「じゃあ入院するか。個室がいいな。電話を引けないかな」などと話すと看護婦から「ここは病院ですよ」といわれた。個室は取れた。当時(昭和57年)で1日1万円だ。わがままだけではなかった。M銀行をはじめ政治関係のえらい人が見舞いに来るおそれがある。内緒話は個室でなければできない。
(つづく)
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