| 結婚恋愛「マイとボク」 -25- |
By 千里一歩さん
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 マイは1週間、振り向いてくれなかった。
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千葉県市川市に住んでいた頃から、東京A区の祭りに関係していた。祭りのために雑誌をつくるという。その編集から印刷までを引き受けることになった。しかも業者という立場でなく実行委員の一人として参加してほしいという。ボクは喜んで参加した。
ボクはギャンブルを一切しないし麻雀もできない。酒も飲めない。浮気もできない。何が楽しみだといわれれば「カラオケと映画鑑賞」と答えるしかない。そんなボクが憧れたのは祭りの実行委員であった。それは映画のせいである。もともと中学生時代から演劇に興味があった。学芸会で、シナリオを書き監督と主演をして「リア王」を成功させた。音楽効果を出すために音楽部員40名を舞台横にならべ作詞して替え歌を歌わせたものだ。また放送部長として「恩師の時計」を上手に朗読し評判になって当時の新聞に掲載されたことがある。
映画はその頃からひんぱんに観ていた。マイと結婚して40歳になった時、昭和51年。地味な自主製作映画「同胞」(はらから)を観た。これが一生忘れられない作品になった。監督は山田洋次。出演者はまだ無名の青年達。賠償千恵子や渥美清が友情出演している。田舎の青年達が村で祭りを開催するという話だが、終わり近くの場面では不覚にも涙を流した。その感動を体験できるかも知れない。祭りは見るだけでも楽しい。しかし裏方の半年近くのプロセスにもドラマがあるのだ。
「実行委員の会議は夜が多い。遅くなることがあると思うけれど、いいかい?」と断ると「いいわよ。いくらでも遅くなって頂戴」とマイも快諾してくれた。こうしてボクの行動はすべてマイに掌握されている。ボクには兄弟がいない。東京圏に親戚もいない。家族はマイだけであったから、掌握されることに抵抗はない。むしろ妻がいることに快感を覚えていた。いや「遊びに行っておいで」と母親にいわれたような気分になり、わくわくして実行委員会の世界へ入っていった。映画とは異なる祭りの裏側を知って、その深さや浅さを知る。祭りについて歴史を調べることもあった。地元の役所も動かすので理論構築が必要なのだ。「そうか。祭りは政(マツリゴト)と表裏一体なのだ」などと新発見もする。
この時の祭りは、地域最大の祭りにしようというネライがあった。地域活性化の手段といわれるものであった。実行委員は200名を超え、裏の実質的な実行委員長をつとめるTO氏はボクと何でも話し合える間柄であった。ボクは広報担当というだけでなく開催地の(反対する)周辺住民との協議会にも出席して思わぬ役割りを果たしたものである。
年の暮れ。実行委員会で、ぬいぐるみを着る企画を立てた。虎、ゴリラ、ゾンビ、宇宙人など、よく出来たゴム製の頭部を被るとまわりに大笑いされた。この楽しさをマイに伝えようと思った。ボクは1晩ゴリラの首を持ち帰った。自宅のチャイムを押した。ドアを開けたマイが仰天して青くなり尻餅をついた。ボクがゴリラの頭を被って脅かしたしたのである。あまり驚くので「ボクだよ」と面を取った。マイはしばらく立てなかった。「もし知らない男だったら、どうするの!」という。それから数日、マイはボクに口をきかなかった。
(つづく)
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