| 結婚恋愛「マイとボク」 -2- |
By 千里一歩さん
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昭和38年1月1日 皇居前にて |
タイトルの「マイとボク」について説明しておきたい。
50歳を過ぎたとき、また60歳を過ぎたとき。妻にこう頼んだ。
「一度でいいから「あなた」と呼んでくれないかな。それに他人の前でボクというのは、やめられないか。もういい歳だし」
すると妻は、こういった。
「いまさら、何をいうの。ボクでいい。もう、あなたなんていえないよ」
そして「私のことを書くならマイという名がいい」と宣言された。本当に最初から何10年も「ボク」といわれ続けている。私いやボクも、こんなことでと抵抗しない。ま、いいか。と笑っているのだから甘えて喜んでいるのかも知れない。結婚当初、「お前には、時によってはお母さん、女房、愛人、妹、看護婦さんになってもらいたいな」と話したことがある。
マイは私を将来有望な知識人と信じていたから、何でも「うん」とこたえていた。(結果的には有望ではなかった)が、どうしても「あなた」とはいえない。はじめの頃、ボクのことを「ねえ」とか「自分」と呼んでいた。
「たとえば、人が多くいるところで遠いところからボクを呼ぶとき困るよ」とマジに交渉するのだが、マイはさらりという。
「大丈夫だよ。ボクの体つきは、どんな遠くからでもわかる。首をちょっと曲げて歩くし太っているでしょう」
ボクは近視だがマイは遠視だ。一度ヒヤリとしたことがある。結婚後10年目頃のことだ。左右に走る大通りの歩道を歩いている時、反対側の歩道を歩いているマイを見つけて「お〜い」と声をかけた。するとニッコリ笑って、買い物袋を持ったまま、信号を渡らず、車の量が少なくなったので、そのまま大きな車道を渡ってきたのだ。車は左右から迫ろうとしている。その間をぬって、こちらへ走ってきた。マイは性格的に何事も一直線なのだ。
私は思わず青くなった。「危ない」と叫ぼうとしたが、一端、車道の真ん中に出てしまうと、下手に声をかければ、途中でとまどい、かえって危ない。息をのんで、目の前にたどりつくまで待つしかなかった。「こんな真似は二度とするな。誓ってくれ」というと、はじめて危険な行為であることに気がついたらしく「わかった」と答えてくれた。
これで思い出すのは、やはり「向かい側の歩道」である。初デートの時。時間にして3秒、マイの遠視がなかったら、ボク達は夫婦になることはなかった。
ラブレターのあと、彼女の休日を聞き、初デートの約束をした時である。待ち合わせ場所は新宿・伊勢丹百貨店横の地下鉄出口。時間は午前11時。じつは彼女はレストランのオーナー夫婦に相談していた。
「あの人と会うことにしたけれど、大丈夫でしょうか」東京に来たばかりで男と付き合うのは、どうか。というわけである。その時「ああ、あの男ならいいよ」と大賛成してくれたそうだ。
勤め先も近いし毎日、来てくれる客の中でも大人しくて感じはよかったらしい。その店には芸能人のほか多くの客もくる。オーナー夫婦にボクは好感のもてるサラリーマンとして覚えられていたようだ。
さてボクは胸をときめかせて約束の時間に約束の場所へ行った。ところが10分すぎ、30分すぎても彼女は来ない。次第にいらいらしているうち1時間すぎた。「ちくしょう。馬鹿にしやがって」とあきらめ、伊勢丹の向かいにある映画館の側を歩いた。雑踏の中で、ふと伊勢丹のほうを見ると、一瞬、彼女らしい姿が通行人の中に見えたような気がして立ち止まった。すると小柄な彼女が複雑な顔でこちらを、ふりむいた。あっと思い、手を少しあげ次の信号をわたり、彼女の前に立った。彼女も不機嫌であった。
「待っていたんだけど」というと「私も地下鉄の出口で待っていた」という。よく聞くと伊勢丹の前には四つの地下鉄出口がある。それぞれ別の出口に立っていたのだ。つまり、ボク達は地下鉄の出入り口は一か所だけだと思い、別々の出入り口に待っていたのだ。お互いに伊勢丹周辺をまだよく知らなかった。ボクの初デートは、こうしてドジなスタートを切った。
気分をとりなおしその日は、東京見物の一つとして日比谷公園へ行った。音楽堂の前に写真屋がいて、記念に写真を撮ってもらった。ボクは身長166センチ、体重60キロ。この時はスリムであった。お金もあまりなく、ボクは広い公園の中をぐるぐる連れまわった。木々の群れや緑が美しい。彼女の空腹など、まるで気付いていなかった。2年前、日比谷公会堂で社会党の浅沼委員長が刺殺されたところも、まったく意識せず、楽しく散歩した。
3日後の夜、今度は神宮外苑へ行った。そこでボクは並木道の真ん中で大きな声を張り上げて「雨に咲く花」や「イヨマンテ」を歌った。長崎の民放ノド自慢で優勝したことがある。ボクのことを精一杯アピールした。このチャンスを逃してはいけない。彼女は懸命に聞いていた。次第に誠意だけは通じたようである。
3回目のデートは夜。行く先は浅草だった。ボクとマイは、浅草の旅館で一泊した。旅館では、部屋で親子丼を食べた。その時、ボクとマイはよほど空腹だったらしく、ぺロリとたいらげた。お互いに、はじめての経験であったから、すべてがなんとなく、ちぐはぐで、滑稽なことに一生懸命だった。
(つづく)
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