| 結婚恋愛「マイとボク」 -17- |
By 千里一歩さん
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山梨で小旅行を楽しむという機会が多くなった。いちばん多いのは義兄をはじめとする結婚式や葬式。マイの義妹達や姪の結婚式だ。大家族は年をとるとこうした儀式が目白押しになる。マイが「うちの親戚ばかりで悪いね」というが、ボクは「そんなこと気にしないでいいんだよ」と出来るだけ一緒に出席することにしていた。ボクの場合は兄弟のいない一人っ子だし、親戚は長崎にいるだけで、ほとんど連絡もしない。遠い距離が、縁も遠くした。
唯一ボクにも親戚がいることをマイに見せる機会があった。市川にいる時、長崎の叔父さんに手紙を書いたことがある。その手紙を頼りに叔父さんが尋ねて来てくれた。ボクが中学校を卒業したあと、叔父が長崎市大波止で時計店を開業していた時、しばらく見習いに通ったことがある。戦後のいろいろなことが思い出された。その後、東京の世田谷区にボクと同じ姓を名乗るカメラマンがいると聞いたが、たぶん叔父の息子ではないかと思う。
それよりもボクにはマイに負い目があった。調布市に住んでいるボクの両親のことである。時折会って然るべき面倒も見なければならない。両親は神田の事務所にも来たことがあるが、次第に足腰が弱くなってきたので、こちらから時々行ってやらなくてはいけない。調布市には深大寺植物公園がある。
そこにはボク達にも懐かしい光景を見せてくれる門前町のたたずまいがあった。大きな池の横に何軒かの古びた休憩所兼みやげ店がある。道の真ん中は石畳がここちよく、店は表に大きなすだれが立てかけてあり桟敷の店内が見えないようになっている。焼きたての大福もちの匂いが甘く漂うのもいい。
ここでの食事は深大寺そばである。両親とボク達夫婦は、この空間でゆっくりと時をすごすことが多くなった。大木の陰や夏でも涼しい茶屋は本当にやすらぐ。バスの団体客がどっと来て、さっと帰る、ちょっとした観光地になっているところだ。まだマイカーを持っていないから中央線三鷹駅からバスで往復できた。
問題は母親の気性が激しいことであった。父は大人しいが酒を飲むと人格が一変して大暴れするこわさがあった。一度は自分より2倍も大きい体のヤクザにからんで食ってかかったことがある。母は「もう絶対酒は飲まさんからね」というが、油断をすると、まだ時々飲んでいるようである。飲まない時はおだやかで誠に大人しいのだが、その父と一緒にいることが母には時折耐えられないようであった。マイはアルコール類が好きで、そういう意味でも父と話が合った。「マイは親父の狂った姿を見たことがないからね」とボクはいう。
しかし「あたしはお父さんが大好きだよ」とマイは、はっきりしている。それは 母が姑根性をまるだしに、マイにいいたいことをいうようになったことへの反動でもあった。
(つづく)
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