| 結婚恋愛「マイとボク」 -13- |
By 千里一歩さん
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昭和55年、神田事務所にて |
神田の事務所は14坪というせまいところだ。3階建ての3階である。エレベーターはない。そのかわり家賃は安い。建物は古い。但し神田駅西口から徒歩2分。交通の便利はよかった。M銀行本店へ行く時は神田駅から有楽町駅まで2駅である。途中、印刷所へ寄る時は地下鉄丸の内線の大手町―銀座を利用する。霞ヶ関や国会議事堂前に行くのもこの線だ。版下も制作したからデザイン道具は、お茶の水駅横の画翠という画材店を利用した。本屋も多い。
東京・千代田区内神田は仕事面でも、私達夫婦にとっても多くの思い出を重ねた街であった。1階は「旅籠」という飲み屋があり繁盛していた。2階と3階のお向かいは建築設計会社と業界紙発行の会社。いずれも社長の人柄がよく、お互いに会えば気持ちのよい挨拶を交わした。隣りの建物の1階はBUBUという喫茶店で、来客がある時は応接間代わりに使っていた。喫茶店も夫婦二人で営んでいる。ボク達と同じである。年齢もほぼ同じだ。当然親しくなり「事務所は換気が悪いから」とマイも手が空いた時は必ずコーヒーを飲みに行くようになった。
喫茶店に行けばタバコを気兼ねなく吸える。それだけではない。日本酒やビールもある。マイはボクに内緒で昼間からアルコールを飲むようになっていた。別にとがめるつもりはない。マイのことは何でも知っていると思っていたが、ボクはまったく知らなかった。道理で、あの頃のマイは結構楽しそうだった。たまに二人で行くと、わざとらしく「ボク」と呼ぶところをマスター夫婦に見せていた。ボクは照れ笑いしてごまかしていた。
事務所に来るお客の前でも「ボク」と呼んで笑うことはあるが、見知らぬ客のいる喫茶店で「ボク、コーヒーもう一杯飲んだら?」といわれ戸惑った。マイとマスター夫婦は意味ありげに笑っていた。
いまにして思えば、あれは「昼間の隠れ飲み」をボクにさとられまいとするマイ、マスター、ママによる共同作戦の後ろめたさではなかったかと思う。ボクはアルコールが駄目なので、まったく気付かなかった。「俺もビールくらいは飲めるようになりたい」と取引先の社長にすすめられ気前よく大ジョッキ1杯飲んだことがある。帰路まっ青になり御茶ノ水駅構内のベンチで横になると、そのまま気を失った。「もしもし」という駅員の声でわれに戻ったが、それ以来、ボクはアルコール恐怖症になっている。この話でマイは「ボクも飲んでよ」といわなくなった。
この頃から、仕事が終り、M銀からのおつきあいの声もかからない時は「銀座で食事しようか」とマイを連れ出した。銀座をご存知の方ならおわかりと思うが、銀座はとても安い店から、とても高い店まである。ボクは結構安い店を知っていた。銀行員に教えられていたのだ。ボクは何でも食べるほうだがマイは結構、好き嫌いがある。最も無難なのは値段が普通で酒かビールがついていることであった。ボクは食後に甘いもの、つまり蜜豆か善哉を食べる。どの店もそうだがアルコールを注文するとウエイトレスは必ずボクの前に酒を置き、善哉セットをマイの前に置いた。するとマイはすばやく「これはアタシ」とアルコールを自分のほうに置き換えた。まだアルコール中毒ではない。ボクはそういうマイを見るのが楽しい。ちなみに喫茶BUBUは平成16年春、業績不振で閉店している。
(つづく)
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