|
|
||||
| |中高年シニアの健康管理室|投稿| | |||||
![]() |
![]() |
教科の割り当ては、年長で階級が上位の海曹長が決めたので、一番若く階級の低い私は、比較的マイナーな教科と考えられるプロペラ担当を割り当てられました。戦時中の日本では、プロペラの制御は最後まで、機械的なカウンターウエイト方式でしたが、アメリカでは全て電子方式になっていました。
開戦当初は無敵を誇っていたゼロ戦を南太平洋から駆逐した、グラマンF6F戦闘機をメンフィスの基地では教材として、各教室に必ず置いてありましたが、そのプロペラも電子制御方式でした。そして、電子回路の知識に比較的慣れていた私にプロペラを割り当てた様でした。私の講義は好評でした。
また、私は鹿屋航空隊では"航空隊で一番頭のよい男"とも呼ばれる様になりました。実働部隊では、1,2ケ月に一度位の頻度で、原因不明のエンジン不調が発生しました。万策尽きた整備員達は、私の所へ相談に来るのです。
プロペラは、それ程故障しませんから、エンジンの他の部分が大半でした。私には、航空機整備の実務経験はありませんし、実際にエンジンに触れた事も余りありません。私は、各種計器の振れや、エンジンの音、振動等を担当者に質問し、故障箇所と対応策を指示しました。100%的中しました。間違った事はありませんでした。
実は、アメリカ海軍の航空機には、1機毎に分厚いテキストやマニアルが5冊搭載されていました。操縦、航法、射撃、機体整備、エンジン整備等です。エンジン整備には、トラブルシューチングの手法も詳細に述べられていました。私は、それを全部読んでいただけでした。
※写真はグラマンF6F戦闘機