歌舞伎を楽しむ 助六

27.演舞場に御目見得した櫓と絵看板

企画:林田プロジェクト
著述:歌舞伎座舞台株式会社 代表取締役社長 金田栄一

櫓と絵看板4月30日、ついにこの日で歌舞伎座が閉館となり、約3年に亘る建て替えの期間となりました。皆様もすでにご承知のことと思いますが、この間は歌舞伎座から5分とかからぬ新橋演舞場が歌舞伎の本拠地となります。また大阪松竹座や南座、博多座をはじめいろいろなところでの歌舞伎も数多く企画され、年間の歌舞伎興行数は従来と変わることなく上演されますので、どうぞよろしく応援のほどお願い申し上げます。

新橋演舞場での幕が開くにあたり、劇場の表玄関周辺もちょっと模様替えがありました。正面玄関上には櫓(やぐら)が掲げられ、歌舞伎座でおなじみだった絵看板も賑やかに並びました。

「櫓」というのは、江戸時代に幕府から興行を許可された証しとして掲げられたものですが、歌舞伎座では毎年11月の「吉例顔見世大歌舞伎」の時に正面玄関破風の上に御目見得していました。もちろん今は許可証としての意味はありませんが、江戸の昔から続く芝居小屋の風物詩としてその名残を今に伝えています。

そして今回初めて新橋演舞場にその櫓が登場したわけです。紺地に白く染め抜かれているのは劇場の座紋、歌舞伎座の場合は「鳳凰丸(ほうおうまる)」でしたが、演舞場は「雪月花」です。また側面には「木挽町きゃうげんづくし(狂言尽くし)」と書かれ、なるほど演舞場のあたりも古くは歌舞伎座と同じ「木挽町(こびきちょう)」であったと再認識させられました。今は東京都中央区銀座ですが、古くは東京市京橋区木挽町ですね、住所表記としては無くなってしまいましたが、とても響きのいい町名です。


また櫓の下には「絵看板」が並べられています。芝居の絵看板は300年以上続く鳥居派によって代々描かれ、現在はその九代目にあたる女性絵師の鳥居清光さんが描いています。いわゆる浮世絵の一種ですが、写楽や豊国やなどの錦絵(多色刷りの木版画)とは違い、その演目に登場する主な役がすべて描かれて芝居の全体像を伝える役目をしています。歌舞伎のカレンダーなどでよく目にする錦絵は特定の主人公をクローズアップし、顔も演じている役者の特徴をとらえた似顔絵になっていますが、絵看板では決して役者には似せず、鳥居派ならではの優しいうりざね顔に統一されてそれぞれの人物が描かれています。


新橋演舞場の前は車の往来などもそれほど激しくありませんので、観劇の折ばかりでなく、お散歩がてらに時々お出かけになってみてはいかがでしょう。

 

 

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