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| (c)『山桜』製作委員会 |
<Introduction>
藤沢周平文学の神髄をたおやかに映画化
失意の日々を毅然と耐えて過ごす人々を描いて今なお絶大な人気を集める、藤沢周平の時代小説。その作品はこれまでに何度もドラマや映画に映像化されてきたが、珠玉の短編として名高い「山桜」は、主人公を野江という女性に据えている点で藤沢文学の中でひときわ精彩を放っている。
この「山桜」を、初の時代劇出演になる田中麗奈と3年ぶりにスクリーンを飾る東山紀之の主演で、みずみずしい感覚でたおやかに映画化したのが本作だ。庄内の美しい四季と澄んだ空気の中で、野江は運命に立ち向かう。とりかえしのつかない道を選んでしまった絶望を越えて野江が光明を見つける物語は、現代に生きる私たちの胸を打ち、強い励ましを与えてくれるのだ。
回り道のあとで見つける、いるべき場所
江戸後期、北の小国、庄内の海坂藩で、野江は不幸な結婚生活に耐えていた。春先にひさしぶりに実家を訪れて叔母の墓参りを済ませた野江は、可憐な山桜を目指して初めての山道を進む。薄紅色の花に野江が手を伸ばしたそのとき、背後で男の声が響く。「手折ってしんぜよう」。精悍でありながら穏やかな瞳が印象的な長身の武士(弥一郎)がそこに立っていた。山桜に手繰り寄せられた運命の糸。この一度の出会いが、回り道をつづけてきた野江に、「この道を来てよかった」と心から思わせるまで、2人それぞれの道はまだいくつもの紆余曲折を経なければならないのだった。
4人の女性が示す生き方
最初の結婚が夫の急死によって幕を閉じ、1年前に磯村の家に再嫁した、23歳の野江。娘が婚家で辛い思いをしていることに心を痛めながら、耐え抜けばいつか事態は好転すると励ます母。母の心にも野江の心にも、若くして亡くなった野江の叔母の孤独な一生がかすめるからこそ、離縁の文字は頭から払いのけるしかないのだった。良妻賢母の鑑のような母親の厳しさと優しさ。薄幸に思えた亡き叔母の一生に垣間見える幸福。そして、のちに出会う弥一郎の母の、海より深い寛容な心と笑顔。人生の回り道で惑う野江を取り巻く3人の女性は、それぞれに温かく彼女を包み込み、行く手の道しるべとなってくれるのだ。
スクリーンを彩る豪華キャスト
主人公・野江には主演映画の公開が相次ぐ田中麗奈。真の強い凛とした女性像を見事に体現し女優としての新たな一面を見せた。正義感と誠実さに満ちた武士を凛凛しく演じるのは東山紀之。その立ち居振舞と殺陣の美しさには目を見張るものがある。二人を取り巻く人々にも実力派俳優陣が一堂に会する。心優しい父親を重厚に演じる篠田三郎、母親の深い愛情を表現する檀ふみ、悪役になりきった村井国夫、そして登場するやスクリーンに風格をもたらす富司純子。文庫本でわずか20ページほどの短編に描かれた人間ドラマが、最高のキャストを得て、奥行き深く、端正に、美しく映画化された。
この原作を脚本化したのは、飯田健三郎と長谷川康夫。 監督は、田中麗奈の魅力を『はつ恋』(00年)で存分に引き出した篠原哲雄。本作で初の時代劇に挑んでいる。そしてこの野江の物語を、一青窈の歌声が力強く称えて、感動の余韻をいつまでも胸に残すのである。
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| (c)『山桜』製作委員会 |
<Story>
江戸後期。北の小国、海坂の地。
うららかな春の花曇りのもと、ひとり野道を歩く女性がいる。名を野江。
野江は若くして、すでに二度の不幸な結婚を経験していた。最初の夫には病で先立たれ、二度目の嫁ぎ先である今の磯村家は、自分が育った浦井の家とはまるで世界が違っていた。武士でありながら蓄財に執着する夫と舅、野江を「出戻りの嫁」と蔑む姑。しかし二度の失敗は許されない。そう心に言い聞かせ、野江は嫁として懸命に耐え続けていた。
叔母の墓参の帰り、山道で薄紅色の花をいっぱいにつけた一本の山桜に出会う野江。その美しさに思わず手を伸ばすが、枝は思いのほか高く、花には届かない。そんな野江の背中に突然、男の声が響いた。「手折ってしんぜよう」
振り返る野江。折った枝を差し出すその武士は、手塚弥一郎と名乗った。野江はその名に驚く。それは彼女が磯村に嫁ぐ前、縁談を申し込まれた相手だった。密かに見初めてくれていたとの話だったが、母一人子一人の家と聞き、会うこともなく断ってしまったのだ。
野江をじっと見つめ、弥一郎が静かに口を開く。「今は、お幸せでござろうな」 思いがけない言葉に戸惑う野江。今の境遇を押し隠し、ただ「……はい」とだけ答える。 「さようか。案じておったが、それは何より」と微笑み、弥一郎は去っていった。
山桜に引き寄せられたかのような、ただ一度きりの偶然の出逢い……。
──どこかで自分のことをずっと気遣ってくれている人がいる。
そう思えるだけで、野江の胸の中にぬくもりが広がった。そしてそんな思いに励まされるように、野江は磯村の家に尽くす日々を、再び健気に、すごし始める。
手塚弥一郎が、突然城中で藩の重臣、諏訪平右衛門を斬ったのは、それから半年後のことだった。豪農と組んで農民を虐げ、私腹を肥やし続ける諏訪に対し、これまで藩内に声を上げる者はなかった。そんな中、弥一郎はわが身を犠牲にして刃を振るったのだ。
帰宅した夫からそれを聞き、愕然とする野江。弥一郎の所業を侮蔑し、「切腹は必至」と笑い飛ばす夫に、野江の血が逆流する。思わず手にした夫の羽織を打ち捨てたことで、ついに磯村家から離縁を言い渡され、野江は浦井の家に戻った。
弥一郎には即刻切腹の沙汰が下ると思われたが、擁護する声も強く、藩主が江戸から帰国する春まで裁断を待つこととなった。
雪に閉ざされた長く厳しい冬の間、野江は獄中の弥一郎の身を案じ、ひたすら祈り続ける。そして海坂の地にまた穏やかな春が訪れる。藩主の帰国まであとひと月となったある日、野江は、一年ぶりにあの山桜の下に立つ。花をいっぱいにつけた枝を手に訪れた先は、手塚の家だった。
出迎えたのは、ただ一人、息子を待ち続ける弥一郎の母。彼女からの予想もしなかった言葉が野江を包み込み、その心を溶かす。それは野江の新しい季節の始まりだった──。
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